カタチあるものは、、、

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長い人生のなかで、揺るぎない信頼を寄せ合えるような「物」との出会いが、いったい、いくつあるだろう。

今日の昼のこと、愛車をぶっとばしてドライブしていると、急に左前輪がパンクした。

連絡すると、すぐに車屋さんの社長 (僕の同級生の父親) がレッカーに来てくれた。

車屋さんに着くと、すぐに4,5人のスタッフが僕の愛車をかこみ、いろいろと検証してくれて、結果、パンクしたもの以外の3本のタイヤも劣化しているため交換する必要があるとのこと。

「トラック用のタイヤが4本あるから、これを履いてはいかがですか!?
海遊びか、山遊びに使う車ですよね!?」
と。

いや、僕はけっこうインドア派なんですが。
まあ、強化されるならいいか。

これでまた、防波堤も渓流も突き進める。



勢いに負けそうになりながら、もじもじと、
料金は?
と、聞くと、社長の息子 (僕の同級生) と相談して決めてくださいとのこと。

実は料金のことでもじもじしたのではなく、つい数日前から、この車を今後も乗り続けるのか? 廃車にしたほうがよいのではないか? という話が、家でもちあがっていた。

もとは僕の父親が買った車で、納車はなんと平成7年だった。

父親が10年乗り、僕が10年乗っている。
ことになる。


中学生の僕が、後部座席に乗り、たまに助手席に乗り、いまや運転手。

大人にしか運転できない物だったから、なんとなく僕よりも偉そうに見えていたその車も、いまや何とか同等に近くなれたかな。

ただ、僕がいないとエンジンに火をともすこともできない。

僕がいないと何もできない、立派な箱。

気高く僕を待ち、乗せる。


タイヤを履き替えたことにより、結果的に、もうちょっと走り続けることができる魂を吹き込むことになった。

20年も、自分の意思を伝え続け、いろんな景色を共有した物が人生にいくつかあるのだろうか。

ほぼ、すべての恋人を紹介したし、安らぎのときもイライラ運転も知っている。

話しかけても返事がないことも知っている。


そういえば、前の愛車は、震災の際に落ちた屋根瓦によって潰れてしまった。

そういうことがない限り、どういう方法で別れを決めることになるのだろう。

遅かれ早かれ、いずれ来る別れは、やはり愛車の寿命ということになるのだろうか。

物に魂が宿るかどうかは疑問だけれど、少なくとも、命はあずけ合った。




だらだらと書き進めてしまったのですが、車屋の息子 (同級生のほう) に、今夜あたり真面目に相談しよう。
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by michihiromatoba | 2015-05-16 23:56
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